社長コラム 石のことば
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2006/02/24
第8回 「アメリカの墓石事情」

 2005年の5月にアメリカのビジネス状況視察のため、シアトル、サンフランシスコなど西海岸へ行ってきました。
 何事も狭い見解から判断するのではなく、広く世間を見渡して、自分の仕事の参考になる事を探そうと日頃から思っていました。顧客満足度の高い有名なデパートや世界を征したスターバックスの戦略や、もちろん石に関する情報も仕入れようと思っていました。
 特にこの時は、サンフランシスコ郊外の民営墓地を訪れる機会に恵まれ、きれいに整地された芝生の上に建つ、デザインの豊富な色とりどりの墓石を見ることができるだろうと期待して向かいました。

 ところが、ようやくたどり着いた霊園は、列こそまっすぐに並んでいるものの、芝生の状態はデコボコだし、墓石は単純で貧弱な物が多く、斜めに倒れかかっていたり、半分は土に沈んでいる物があったりと、予想に反してあまりきれいに見えませんでした。(写真1)
 墓石のデザインも参考になる物はなく、しばらくは唖然と眺めるしかありませんでした。
 しかし、よくよく考えてみると、アメリカは日本と違い土葬が多く(死者復活を信じるキリスト教の影響)、実際に芝生の土を掘り返し、埋葬して、また土をかけ、芝生を植えるやり方では、長い時間で土が押されたり流れたりして、傾いてしまうのは、やむを得ない事で、日本の様に遺骨が大地に還るほんの少しを除いて、まるで住宅の基礎のようなガッチリした土台のある所とは全く観点が違ってくる事に思い至りました。

 この近くには、何十カ所という墓地があったので、何かもっとヒントになるものはないかと、道路を渡って次の霊園へ向かいました。そこは、中国系の人の墓地で、最初の墓地よりは大きめの墓石と何より土台となっている石が大きく、こちらはあまり傾いているお墓は少なかったようでした。
 何より感心したのは、さすがに中国系だけあって、真っ赤な石(インド産ニューインペ)が大半を占めていました。(写真2)
 ここまで来たら、何とか我が同胞の日本人墓地はないかと探し歩きました。途中にイタリア人墓地やギリシャ人墓地と標記された看板もあり、ようやく見つけたのは最初の霊園の丘からちょうど反対側の山裾の中腹でした。
 確かに入口には日本人墓地と英語、そして日本語で書かれ、こちらは白と黒の石が多く使用され、何より敷地を囲む外柵があり、玉砂利が敷かれ、そして火葬された遺骨の入る所がはっきり見てとれました。(写真3)

 墓碑を見るとはるかに昔、日本からやって来て、アメリカ国籍を取り、今では三世・四世の時代となっているにも関わらず、魂の眠る場所は遠い故郷の日本方式です。この感覚というのは、何も日本人ばかりでない事は、ここに来る途中のイタリア人墓地や中国人墓地を見てもわかります。
 国境や国籍を超えても、死後の住まいというものに対する感覚は共通しているのではないでしょうか。自分たちの血の中にある永い年月、先祖から受け継ぎ、培われてきたある共通の想い。人は皆、そこに辿り着き、故郷のお墓と似たものを作るのではないでしょうか。
 手向けるお線香は持ち合わせていなかったですが、夕暮れの下、両手を合わせ、同胞の想いにお参りさせていただきました。

2006/02/17
第7回 「当社創業の石」

 当社の社名、松島産業株式会社や墓石小売りショールーム、まつしまメモリーランドの由来になる「松島」は、地名でもありますが、もうひとつ当社創業時の唯一の商品「松島石」からも来ています。

 松島湾沿岸一帯の地層は火山灰が堆積してできた凝灰岩からなっています。この凝灰岩層に若干の土が覆い、その上に松の木が生えているのが、松島の風景となっています。
 この凝灰岩は軟石と呼ばれ、非常に柔らかく、風化や浸食の大きい石です。松島湾に浮かぶ島々が波の作用で大きく抉られて、その岩肌がむき出しになっているのは、よく知られる景色です。
 また、有名な観光地「瑞巌寺」の境内には、修行僧が掘ったと思われる穴や凹みが至る所にありますが、あれも全て凝灰岩の岩肌です。

 この松島湾一帯から産出される凝灰岩の石の事を『松島石』と呼びます。当社は、この石を採掘し、関東、関西、遠くは九州まで販売していたのが、会社としての始まりです。
 この石は前述したように非常に柔らかいため、容易に加工でき、加工機械のない昔から重宝されてきました。極端なことを言えば、何の道具がなくても爪でも掘ることが出来るくらいです。(爪はモース硬度2.5、凝灰岩は1~2、ちなみに大理石は4~5、御影石は6~7、ダイヤモンドが最高の10の硬さです)

 用途としては蔵や門塀の材料となったり、耐火性があるのを利用して暖炉や焼却炉に使われたり、また薄く挽いて装飾用に貼ったりと一時は販売先も大きく広がりました。
 ただ、同じ凝灰岩の仲間でも、栃木県の大谷石や秋田県の十和田石、静岡県の若草石等、人気と知名度の先行する石のシェアが大きく、そのうちに大理石や御影石を扱うようになるに従って、あまり重要視されなくなってきてしまいました。

 決定的だったのが、昭和53年の宮城県沖地震の時で、当時の施行方法にも問題があったのですが、民家の石の塀がほとんど倒れてしまい、松島石の需要はほとんどなくなってしまいました。
 当時は既に現在の基礎となる大理石や御影石が本業となり、松島石の比率は1割もなかったので、そのまま取り扱いを減らしてゆき、数年前に完全にその扱いをストップしました。
 当社創業の石ではありますが、凝灰岩という風化の早い柔らかい石であったため、時代の中で消えてしまった石であり、特段の感傷もなく私自身の頭の中からも、ほとんど消えかかっていました。
 しかしながら、改めてその石の存在と意義について考えさせられる事に、つい最近出会う事となりました。

 凝灰岩の風化は20年~30年、長くもっても100年くらいと思っていたところ、奈良県の明日香村で見た高松塚古墳の石室は全て凝灰岩から出来ていました。7世紀後半の物と言われているので、千三百年以上も前の石です。四方の壁と天井には、極彩色の絵が残され、当時を語る貴重な資料として、全国的に脚光を浴びました。
 現地に行って、初めて気づいたのですが、それが当社の創業の石と同じ材質であり、しかも千三百年経った今でも風化しないで、貴重な歴史を現代まで守り伝えたのが、凝灰岩であった、という事実。

 まるで家族や先祖を誉められたような、なぜか自慢したくなるような気分で、古墳の絵を見つめました。そして帰ったら、もう一度松島石の在庫の石を見てみようと思いました。

2006/01/19
第3回 「墓石の色と地域性」

コラムをお読みのあなたに質問です。
 『お墓の石といわれたら、何色を思い浮かべますか?』
 大袈裟かも知れませんが、その答えた色で出身地や育った地方が分かるかも知れません。

 今でこそ、ピンク系や赤系、茶系といった色の墓石もでるようになりましたが(この提案を積極的に進めたのは当社でもありますが)、もともと従来からのイメージでは「白」「グレー(灰色)」「黒」等が一般的でしょう。
 これは、自分の実家や親戚のお墓の色や、その地域で一般に建てられている墓石の色を思い浮かべるからです。

 実は、日本人の6~7割くらいの人は「白」をイメージします。白といっても純白ではなく、ゴマ塩模様の石の色です。また東北地方の人は、ほとんどが「黒」のイメージです。関東でも昔からのいわゆる江戸っ子は「うす緑がかったグレー色」を墓石の色と感じています。また一部、九州の北部の人も「灰色」を墓石の色合いとしてとらえます。
 なぜ、地域によってイメージが変わるのでしょうか?

 理由は、人間の心の奥底にある親しい人への供養の想いがもたらした、長い間の慣習のせいです。家族や親しい人が亡くなって、その思いを石に託したのは、何も今に始まった事ではありません。
 太古の昔から人々は埋葬し、そのシンボルとして石を使ってきました。当然、昔は石の加工は大変ですから、その辺にある手頃な石を持って来て供えました。近くにある石、近くから採れる石がその地域の人々にとってのお墓の石だった訳です。
 つまり、墓石の色の地域性は、その地域から採れる石の色による事で、別に性格や宗教によるものではありません。

 花崗岩(みかげ石という)は、鉱物の含有成分から白色や薄い桜色のものが多く、世界中で一番多く産出されます。当然、日本の国土でも多くの白みかげ石の産地があります。
 ところが東北地方には、世界的にも珍しい黒系の石が産出されます。宮城県の稲井石(粘板岩)、泥冠石(安山岩)、福島県の鍋黒石や浮金石(黒みかげ石)等、黒色系が多く採れます。
 関東地方では、神奈川県の小松石(安山岩)が歴史も古く、江戸城の石垣にも使われていますが、「うすいねずみ色」です。山梨県の山崎石(安山岩)もやはりグレーで、地元では人気の色合いです。
 つまり、大昔から使われてきた地元の石の色が地域の墓石の色として定着していきました。
 ですから、一部の占師が「墓相」と称して、墓石の色を指定し「黒い墓は……で、白い墓は……」と言っているのは、上記の流れを全く無視していて何やら不信を感じます。

 現在では、採掘場の環境問題や産廃の問題、人件費コストの理由などにより、地元産の石は採れなくなった代わりに、流通が整い、世界中からより品質の良い多種多様な石材が輸入されるようになり、今ではあらゆる色合いの石でお墓を作ることが可能となっています。
 地域や条件に関係なく、自分の感性に合った色とデザインでお墓を作れる、良い時代になったと思います。

 

2006/01/13
第2回 「石の産地とワインの産地」

この仕事を始めてから世界中の石の産地(石材の採掘場を丁場<ちょうば>と呼ぶ)を見る機会に恵まれるようになりました。
 ただし、どの国に行っても石の丁場は都市部や観光地には無く、いわゆる山奥の田舎にあるのが普通なので、有名な観光スポットは通り過ぎて、聞いたこともないような地方のドサ回りをしています。
 旅行ガイドブックに載っているような、おいしいレストランやホテルには縁が無い代わりに、地元の人だけが知っている郷土料理や地酒など、そこでしか味わえないという貴重な体験を多くできました。

 大理石の丁場の多くは、ヨーロッパの特に地中海沿岸地域に集中しています。大理石は石灰が変質作用で固まった物ですが、その石灰の元はサンゴ礁や動植物の沈殿から始まります。大昔は海中であった所が大理石の産地なのです。
 地中海に突き出たイタリアは、その国土のほとんどが大理石層になっていて、日本人になじみの深い白大理石(ビアンコカララ)もイタリアの北部から採掘されています。

 イタリアの他、フランス、スペイン、ポルトガル、ドイツ等も石の産地としては有名ですが、これらの国に共通の有名な食品はご存じですか?大理石を検品してから、現地の人と食事に行くと、食卓テーブルに必ず載っている物、そう地元産のワインです。
 大理石が採れる土壌は、いわゆる石コロだらけで土地が痩せていて、普通の植物は育ちません。また水はけが良すぎるのか、土はいつも乾燥しています。ところが、ワインの原料であるブドウが育つためには、その条件がピッタリ当てはまるのです。さらに石灰質には多くのミネラル分が含まれているので、「大理石の産地」=「ワインの産地」でもあります。

 先程の白大理石(ビアンコカララ)の産地は北イタリア トスカーナ地方ですが、そこの地元ワインは世界的にも有名なキャンティクラシコです。フランスの赤系大理石(ルージュランゲドック)はプロヴァンス地方、グレー系大理石(パロマ)はボルドーの南150Kmの地域、スペインのベージュ系大理石(クレママーフィル)ははバレンシア地方と全てワインの有名産地と一緒です。
 もっとおもしろいのは、石の名前とワインの名前が全く同じものがあり、石屋の私にとっては、その石を溶かしたらこんな味になるのかな、など、一人空想しながらワインを飲むのも、楽しみのひとつです。

 そういえば、今は亡き尊敬する業界の大先輩社長は、世界中の石山を歩き、流れてくる川の水を舐めただけで、その上流にある良い石の鉱脈の存在を言い当てたという伝説が残っています。
 やっぱり石にも味の違いがあるのかも知れません。

2005/12/28
第1回 「石が語るもの」

今回ホームページをリニューアルしたら、「社長コラム・石のことば」を定期的に掲載するよう業務命令がありました。(誰から?)

 思いつくまま、今までの石との思い出を書いていこうと考えていますので、気軽にお読み下さい。

 

 仕事柄か、出張に行っても外出しても、ついつい石があると石に触れたり立ち止まったりしてしまいます。現在我々が扱っている石の平均的な大きさと言うと、ビルの内外壁に貼ってある建築用石材でも、一枚の大きさは、90cm×60cm×3cm位、40~50kgまでの重量が多く、人力でも何とか持ち上げることが出来ます。また、墓石用の場合はもう少し重く、30cm×30cm×80cm、約200kgから、90cm×90cm×30cm、約600kg位までの各パーツを機械を使って組み立てて、総重量3~4トンというのが平均的です。

 つまり、我々が目にする石は、工場で加工され易く作業しやすい大きさになっているのが普通と言えます。

 

 ところが、大阪城で石垣を見て、とてもビックリした思い出があります。

 ひとつの石の大きさが5.5m(550cm)×11.7m(1,170cm)×0.9m(90cm)あり、重量は何と!!130トンもあります。

 

 石というよりは岩そのものですが、表面はきちんと平らに加工されていて、ちゃんと手が加えられています。大阪城桜門にある通称蛸石と呼ばれる石で、ご覧になった方も多いと思います。この石の産出地は岡山県の犬島という、瀬戸内海の小さな島です。

 

 今の技術でも、今あるどんな機械を使っても、こんなに大きな石は採掘も運搬も加工も出来ません。一体全体どうやって掘り出し、運び、組み上げたのか、あまり資料も残っていません。

 今から400年前の人々にそれを聞くことは出来ませんが、それに関係した人々の想いや、当時の苦労は石が語りかけて来ているように感じます。各地の大名が競い、それぞれの石職人のプライドをかけて、日本中から石が集められた。まるで石のチャンピオンを目指すかの如くに…。

 

 大阪城にある巨大石は蛸石を含め100トン以上が4ヶ、50トン~100トンまでが6ヶあり、一覧表にして城内に表示されています。(写真参照)

 当時の人々のすさまじいエネルギーが感じられるよう、静かに蛸石に手を触れてみようと思いました。

 

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